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おがっちのレトロ本舗 永遠のミーハー人間おがっちとシンガーソング100円ライター安来のおじが送る生放送

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「おがっちの島根学講座!みたいな!」Vol.7  7月11日

2014.07.13 Sunday

投稿者:おがっち

おがっちの「島根学講座!みたいな!」
このコーナーは、みんなで島根のことをいろいろ勉強していこう!というものです。

今回の担当は、はまぐり先生。

【「広瀬鉄道」について】

広瀬鉄道は、1928年(昭和3年)から1960年(昭和35年)までの32年間、JR荒島駅を起点として、月山「富田城」のお膝元である広瀬町を終点とする鉄道でした。
この鉄道は、途中名前が何度か変わっていますが、開業当初は「広瀬鉄道」、最後は「一畑電鉄 広瀬線」と言われていました。全長8.3kmのミニ路線でした。

現在は安来市になっている広瀬町ですが、古く戦国時代には尼子氏の城下町として、江戸時代は能義郡・飯石郡内に領地を持つ広瀬藩3万石の中心地として栄えていました。しかし、明治になって広瀬藩がなくなり、また、安来市内では明治41年に開通した、国鉄山陰本線のルートからもはずれてしまいました。
そこで、昔の繁栄を取り戻したい、と考えた地元の人たちが、山陰本線と広瀬町を結ぶ鉄道を計画したのです。1925年(大正14年)に、「広瀬鉄道株式会社」が設立され、荒島−出雲広瀬間の工事が始まりました。鉄道敷設地は田園地帯で、標高差も全体で18mと平坦であったため、技術的には比較的容易だったようです。しかし、地元の人たちの小出資が中心であったことに加え、1927年(昭和2年)に起こった金融恐慌の影響が重なったことから、資金面では困難に直面していたと言われています。
なお、山陰本線との接続駅に安来駅ではなく荒島駅を選んだのは、建設費用を少なくするために飯梨川という大きな川を渡す鉄橋をつくることを避けたかった、あるいは、松江との往来を考えたときに、より松江に近い荒島駅の方が好都合であったなどの理由があったようです。

資金面での困難を乗り越え、広瀬鉄道は1928年(昭和3年)7月、沿線住民の期待を受けて開通しました。蒸気機関車だった山陰本線とは違い、開通当初から「電車」(一本のポール(竿)の先にコマがついた集電装置=トロリー式)が走っていました。また、貨物輸送も行っていました。
開業時は、荒島−出雲広瀬間に6箇所の駅が設けられました。その後、駅が増えたり減ったりしたようですが、最後は6箇所にもどっていました。隣の駅までの距離は長くても1.5km、短いところは0.7km程でしたので、スピードが出たと思ったら、ほんの2、3分で次の駅に到着するという状態でした。そのような路線を、開業時一日16往復(廃止1年前は13往復)、22分で結んでいました。表定速度は時速約23km、今の目から見ると決して速い乗り物ではありませんでした。

開業後しばらくは、旅客・貨物とも利用が多かったようです。旅客は年間12〜13万人の利用があり、貨物も「米」「木材」「木炭」などの利用が年間5千トンほどありました。しかし、戦後になって沿線のバス輸送が充実するようになると、乗客は次第に利便性の良いバスに流れ、自家用車の普及も進んで乗客が減っていきました。貨物も生活様式の変化による木炭需要の減少やトラック輸送が盛んになるとともに、取扱量が減っていきました。また、設備の老朽化も進んでいましたが、更新もままならず、問題となっていたようです。
1954年(昭和29年)、一畑電鉄に吸収合併され「一畑電鉄・広瀬線」になりましたが、合併後まもなく、1956年(昭和31年)に廃止問題が表面化しました。地元からは反対運動が起こり、4年間にわたり続き、最後は、島根県知事が調停に乗りだす事態となりました。
しかし、設備の老朽化は深刻で、国の検査でも「鉄道としての存続が難しい」との結論が出たこともあり、ついに廃止することに同意、昭和35年6月20日、32年の歴史に幕をおろしました。

今、線路跡の大半は「一般県道 広瀬荒島線」の道路敷地になっています。また、鷺の湯温泉から広瀬町にかけては、胴貫川沿いの市道となっています。

・今回の一曲
松任谷由実「ダンスのように抱き寄せたい」
(一畑電車が舞台となった映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」の主題歌)

次回は、7月25日の放送です。

http://fm-sanin.co.jp/retoro/index.php?e=939
おがっちの島根歴史学講座!みたいな! 07:30 PM comments (x) trackback (x)

「おがっちの島根学講座!みたいな!」Vol.6  6月27日

2014.06.29 Sunday

投稿者:おがっち

おがっちの「島根学講座!みたいな!」
このコーナーは、みんなで島根のことをいろいろ勉強していこう!というものです。

今回の担当は、ウッチャンさん。

【水森かおりさんの「島根恋旅」】について。

演歌歌手・水森かおりさんが歌う「島根恋旅」は、失恋した女性が縁結びの地「島根県」を旅行しながら再出発を図る姿を歌ったもので、4月に発売されました。

歌詞の中に、「山陰本線ひとり旅」、「雨にかすんだ宍道湖」、「遊覧船から見ているローソク島」など、島根の美しい情景がたくさん盛り込まれています。

実際に宍道湖を訪れた水森かおりさんは、「夕日がこんなにキラキラと湖面に映るんだ」と、その美しさに感動したそうです。

また、5月には、この歌が大晦日の紅白歌合戦で歌われるようご当地島根から応援していこうと「島根恋旅応援団」が結成されました。

具体的には、県内の経済界をはじめ、宿泊・運輸事業者、島根県や市町村など官民合わせて28の構成団体が参加し、ポスターやのぼり旗を掲示したり、BGMとして流したりされるようです。

水森かおりさんには、島根県のふるさと親善大使「遣島使」と、松江観光大使にもなってもらっており、全国各地で「島根」「松江」をPRしていただいています。

ご当地ソングの女王に、今年の大晦日の紅白歌合戦で「島根恋旅」を歌ってもらえるよう、県民みんなでカラオケを歌ったりして大いに盛り上げていきましょう。

・今日の一曲
「島根恋旅」水森かおり

次回の放送は、7月11日です。

http://fm-sanin.co.jp/retoro/index.php?e=936
おがっちの島根歴史学講座!みたいな! 11:58 PM comments (x) trackback (x)

「おがっちの島根学講座!みたいな!」Vol.5  6月13日

2014.06.17 Tuesday

投稿者:おがっち


おがっちの「島根学講座!みたいな!」
このコーナーは、みんなで島根のことをいろいろ勉強していこう!というものです。

今回の担当は、やまきょんさん。

【宮沢賢治と島根との関わり】について。

宮沢賢治が、旧制盛岡中学校の生徒だった時、ある恩師との出会いがありました。
彼は、後に、「瘠せて青めるなが頬は」という詩を作って、その恩師に、捧げています。
その恩師は、中学2年のときの英語の先生で、青柳亮先生という方で、松江市出身です。
宮沢賢治が、詩を捧げるほど尊敬していた先生が、島根出身だったということです。

また、宮沢賢治と同じく岩手にゆかりがあって、賢治のことを深く敬愛していた松本峻介という画家がいました。代表作の「立てる像」という作品などは、教科書にも載っていましたが、残念ながら、若干36歳という若さで、この世を去っています。
この松本峻介という画家の奥さんの郷里が松江。それが縁で、お墓は松江にあるそうです。奥さんのおじさんにあたる人が、さきほどの宮沢賢治の恩師の青柳亮先生。

簡単に言うと、宮沢賢治に影響を与えた島根出身の青柳先生という英語の先生がいて、その義理の甥は、賢治を敬愛していた松本峻介という画家で、彼は、島根にあるお墓に眠っているよということです。
宮沢賢治、松本峻介と島根が、青柳亮という人によってつながったということです。
中村元記念館の研究員の島田先生が、研究しておられて、6月21日の15時から講演があるそうです。詳しくは、松江市総合文化センターに問い合わせてみてください。

ところで、日本人で二人目のノーベル賞を受賞した人といえば、川端康成。

川端康成といえば、「伊豆の踊子」、「雪国」などなど、日本的な世界を描いた作品が多いですが、彼は、東京大学の英文学科を卒業しています。
その川端康成が、大阪の旧制茨木中学校の生徒だったときの恩師に、追悼文をささげていて、「生徒の肩に柩をのせて」というタイトルで、倉崎仁一郎という先生を追悼しています。その倉崎先生が、松江市の出身です。
この倉崎先生も、英語の先生だったそうで、倉崎先生の影響で、川端は英文学科に進んだのではないかとも言われています。

・今日の一曲
「伊豆の踊子」山口百恵(川端康成原作の映画「伊豆の踊子」の主題歌)

次回は6月27日の放送です。

http://fm-sanin.co.jp/retoro/index.php?e=929
おがっちの島根歴史学講座!みたいな! 03:23 PM comments (x) trackback (x)

「おがっちの島根学講座!みたいな!」Vol.4  5月23日

2014.05.28 Wednesday

投稿者:おがっち

おがっちの「島根学講座!みたいな!」
このコーナーは、みんなで島根のことをいろいろ勉強していこう!というものです

【隠岐世界ジオパークについて】
今回の担当は、隠岐世界ジオパーク推進協議会の角市久美子さん。

隠岐が、昨年9月9日に世界ジオパークとして認定されました。

世界遺産のテーマ「保護・保全」、ジオパークはそれに加えて「活用」が、大きなテーマです。
隠岐世界ジオパークには、隠岐諸島の出来方である「大地の成り立ち」、北と南の植物が一緒にある「独自の生態系」、そして古代から続く隠岐の歴史・文化の人の営み、この3つテーマのつながりが分かる場所として世界ジオパークに認定されました。

隠岐は、4つの有人島と180余りの無人島からなります。海士町・西ノ島町・知夫村を「島前」、隠岐の島町を「島後」と言っています。

島後には、樹齢800年を超える巨木があり、神様として祀り、山祭りを行っています。それは、神社の出来る前の風習のようですが、島前にはありません。
一方、島前の神社は海の神様を祀っているところが多いです。
例えば、イカ寄せの浜の伝説や明屋海岸の神話のように海にまつわる話をよく耳にします。 
イカ寄せの浜の伝説・・・由良姫女命が桶に乗って海を渡っているとき、海に浸した姫女の手をイカが引っ張っていたずらをしました。そのことを詫びて毎年イカの群れが押し寄せるというものです。
明屋海岸の神話・・・女神がお産をした場所。お産が明けるということから明屋海岸の名前が付いています。
「ないものはない」でお馴染みの海士町では、森林や雄大な風景が少ない地形ではありますが、後鳥羽上皇が20年近く滞在されたせいか、ちょっと高貴な雰囲気を感じます。
知夫村は4島の中でも一番小さな島で人口も少なく、野山があり、集落の結びつきの深さとどの島よりものんびりとした雰囲気があります。

今後の活動について。
今までは認定に向かって動いていましたが、認定はゴールでありません。今後は世界ブランドを積極的に「活用」していくことが大切だと考えています。そのために、小中高でふるさと教育をしたり、観光ではジオバスツアーやエコツアーを取り入れています。島根県の支援も受けながら、隠岐4島がそれぞれの特徴を活かしながら取り組み、隠岐へ多くの方に訪れていただき、今まで以上に隠岐の魅力を感じていただきたいと考えています。

5月25日には、くにびきメッセで、隠岐世界ジオパークフェスタが行われました。
アルピニストの野口健さんの講演会や、隠岐世界ジオパークを紹介するコーナーの他、隠岐の岩がきや隠岐そば、魚を使ったハンバーガーなど隠岐の素材を使った食べ物の販売。黒曜石や貝細工の体験コーナー、民謡などのステージイベントなどがありました。

島根県内の方でもまだ隠岐に来られたことがないという声をよく聞きます。
隠岐世界ジオパークの魅力を是非、感じてみて下さい。

隠岐世界ジオパークのオリジナルフレーム切手を5名様にプレゼントします。
FAX、メールで、エフエム山陰「おがっちのレトロ本舗」島根学講座!みたいな!プレゼント希望係まで。住所、氏名、連絡先の電話番号を明記の上、ご応募ください。
締め切りは 5 月 30 日( 金 曜日)です。

・今日の一曲「隠岐の風」
(隠岐の島町の夕方5時に流れるお馴染みの曲)


次回は6月13日の放送です。

http://fm-sanin.co.jp/retoro/index.php?e=921
おがっちの島根歴史学講座!みたいな! 10:55 AM comments (x) trackback (x)

「おがっちの島根学講座!みたいな!」Vol.3  5月9日

2014.05.13 Tuesday

投稿者:おがっち

おがっちの「島根学講座!みたいな!」
このコーナーは、みんなで島根のことをいろいろ勉強していこう!というものです

【島根を舞台にした錦織良成監督作品について】

5月7日、島根県民会館で、新作「たたら侍」のキックオフイベントが賑やかにアツク開催されました。
エグゼクティブプロデューサーのHIROさん、主演の青柳翔さん(劇団EXILE)、EXILEのAKIRAさんとNAOKIさんをはじめ、E-girls、劇団EXILEのみなさんの熱いステージパフォーマンスと、トークショーで盛り上がりました。

島根県出雲市出身の錦織監督、故郷島根を舞台にした作品は、今までに4作。今回は、その4作品を振り返ってみます。

・2002年の「白い船」
塩津小学校の児童たちと、日本海を航行する「白い船」との交流を描いた作品。
濱田岳さんが子役時代の作品で、主人公の好平少年を演じていましたね。
今は亡き大滝秀治さんも熱演されていました。
角松敏生さんによる主題歌「Always Be With You」も印象的でした。この曲のPVも島根ロケでしたね。

・2008年の「うん、何?」
「ここで生まれ、ここで生きる」をキャッチフレーズに、自然あふれる雲南地域の魅力が見事に引き出されていました。
音楽担当は浜田真理子さん、そして音楽プロデュースはノグチアツシ。
主題歌の「アンダンテ」、挿入歌の「風の音」も印象的でした。
安来のおじとおがっちも役者として出演している作品です。
「お前やちゃ、故郷の本当の良さをわかっちょうかや?」甲本雅裕さん演じる高校の先生のこのセリフが印象的でした。
ヤマタノオロチ伝説が残る雲南市を舞台に、高校生たちの爽やかな青春模様が描かれました。
AKIRAさんは、この「うん、何?」が一番好きな作品だそうです。

・2010年の「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」
一畑電車を舞台に、中井貴一さん、高島礼子さん、佐野史郎さん、本仮屋ユイカさんなど、豪華キャストの大熱演でした。三浦貴大さんは、これが映画デビュー作で、初々しかったですね。
中井貴一さんは、島根がとても気に入って、撮影の合間にはよくドライブをされていたようです。
主題歌は松任谷由実さんの「ダンスのように抱き寄せたい」でしたね。

・2013年の「渾身」
隠岐の島に伝わる「隠岐古典相撲」を題材に家族の絆や地域の人々の思いを通して「日本の心」を描いた感動作品です。
第36回モントリオール世界映画祭正式招待作品、第25回東京国際映画祭特別招待作品として、国内外から高い評価を受けた作品です。
主演は、劇団EXILEの青柳翔さんでした。
この「渾身」を観たHIROさんが、是非、錦織監督と島根で映画を撮りたいと、ご縁が結ばれ、今回の「たたら侍」制作となったわけです。

「島根には、本物が在る」
EXILE TRIBEと錦織監督が島根を舞台にタッグを組む「たたら侍」、どんな映画になるのか楽しみですね。
今年の秋には、制作発表がありクランクイン、そして、2016年に公開予定です。

・今日の一曲
角松敏生「Always Be With You」(「白い船」主題歌)

次回は5月23日の放送です。

http://fm-sanin.co.jp/retoro/index.php?e=916
おがっちの島根歴史学講座!みたいな! 06:08 PM comments (x) trackback (x)

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